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宣伝費とメディア露出少ない『ドライブ・マイ・カー』が、なぜアカデミー賞の候補に? 日本初の偉業の裏事情

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『ドライブ・マイ・カー』

日本映画として初めてアメリカのアカデミー賞の作品賞にノミネートされ、前哨戦で健闘してきた濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』。

3月28日の授賞式で今年最多のオスカーを獲得するのは、ジェーン・カンピオン監督作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、もしくはシアン・ヘダー監督作『コーダ あいのうた』だと多くのメディアが予測しているが、作品賞、監督賞、脚色賞(濱口、大江崇允)、国際長編映画賞の4部門にノミネートされた『ドライブ・マイ・カー』は最低でも国際長編映画賞を、そして、もしかしたら脚色賞も受賞するのではないかと囁かれている。

ニューヨーク映画批評家協会、ロサンゼルス映画批評家協会、全米映画批評家協会という3つのアメリカの批評家トップ団体から作品賞を受賞した、歴代数少ない作品の一つである本作は、メジャースタジオ作品がかけられるような莫大な宣伝予算なしに、純粋に口コミと作品のクオリティだけでオスカーの賞レースに食い込んだ。

そんな『ドライブ・マイ・カー』の成功要因を、マーケティングの視点から海外メディアを参考にしながら紐解いていきたい。

上映時間3時間。ストリーミングとの相性の悪さ

『ドライブ・マイ・カー』では劇中内でチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』が演じられる

第一に『ドライブ・マイ・カー』がストリーミングプラットフォームとは相性が悪いという点が、「劇場公開映画」として功を奏する結果に繋がった。

妻を亡くした演出家が多言語版『ワーニャ伯父さん』の舞台を通じて創作や人生への情熱、そして自己を再発見するという『ドライブ・マイ・カー』は、様々なトピックスが散りばめられた難解な映画だと言える。

しかも長さは約3時間。世界的に有名な村上春樹の原作だからといって、このような長いアートハウス映画はストリーミングには向かない。劇場公開をすっとばしてストレートにストリーミングされる映画は、家で「ながら作業」の最中でも理解できるよう、分かりやすく、集中力が途切れないような作品であることが大前提だ。

現に、西部劇を舞台に「有害な男らしさ」を題材にした『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はNetflix配給で、北米の劇場公開は限定的なものだった。『ドライブ・マイ・カー』と比較すると短尺(128分)で、「エンディングの意味が分からない」という声は一部で聞かれたが、物語はそこまで複雑ではなかった。

大手映画サイトIndieWireによると、『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ国際映画祭でも複数のバイヤーが「市場分析が難しい」と配給に及び腰だったという。濱口監督自身も「劇場公開」にこだわっていたようである。

濱口竜介監督。英国アカデミー賞(BAFTA)では『ドライブ・マイ・カー』が、非英語作品賞を受賞した

濱口監督のビジョンと作品を信じて『ドライブ・マイ・カー』のアメリカでの配給権を買ったヤヌス・フィルムズ(クライテリオン・コレクション社傘下)は、劇場公開に特化したサイドショウという新会社を設立し、劇場公開の成功に向けて動いた。

その結果、『ドライブ・マイ・カー』は2021年11月に劇場オンリーで公開され、アカデミー賞のノミネートが発表された直後の2022年2月11日から13日の3日間で上映劇場数が115館から127館に拡大。劇場公開から4カ月が経った3月2日からHBO Maxよりストリーミング配信が始まった。

本作は、2月15日時点でアメリカにおいて計260以上の都市、300館以上の劇場で上映され、興行収入は約2.4億円(1ドル=119円換算)を超えた。日本においては、公開日の2021年8月20日から2022年2月13日までの興行収入は約4.5億円であり、巨大な北米市場は非常に重要である。

アートハウスの本拠地から「若いシネフィル」がいる地方都市へとターゲット拡大

では、『ドライブ・マイ・カー』ではどんなマーケティング施策が行われ、この興行収入とアカデミー賞ノミネートという成果を手に入れることになったのだろうか。

ヤヌス・フィルムズは1956年の創立時以来、黒澤明、小津安二郎、イングマール・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニといった外国の巨匠の作品をアメリカ市場に配給してきた。 

海外作品を広めるためのノウハウは知っていたが、パンデミックという特殊な状況で、濱口監督のようなまだ北米の人々には知られていないアートハウス映画を劇場公開することに慣れていなかった。そのことから、ヤヌス・フィルムズは経験豊かな外部の業界人を引き入れ、サイドショウという別会社を作ったという。

このヤヌス・フィルムズのパートナーでクライテリオン・コレクションの社長であるピーター・ベッカー氏はSCREENDAILYに、『ドライブ・マイ・カー』はじっくりと時間をかけ口コミを広げて劇場公開を展開していく必要性があったと語っている。

サイドショウとヤヌス・フィルムズは、アートハウスの本拠地であるニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ワシントンD.C.から、「若い」シネフィルが多いテキサス州オースティン、コロラド州デンバー、ペンシルベニア州フィラデルフィアという地方都市へと上映劇場を拡大していった。

本来、映画の全国公開の際は、アリゾナ州フェニックスやフロリダ州パームスプリングスなども最初の上映都市として選ばれるが、そこに住むシネフィルの年齢層は高いとされる。このことから、コロナ禍でも劇場へ足を運ぶ傾向がある「若い」シネフィルが多い都市から上映を始めたのだ。

フランスのカンヌ国際映画祭にも招かれた。左から霧島れいかさん、濱口竜介監督、三浦透子さん、ソニア・ユアンさん

コロナ禍で、批評家のレビューを重要視

劇場で映画を見るシネフィルの年齢層に考慮して上映都市を選んでいったサイドショウは、若いシネフィルのターゲット・マーケティングとして、デジタル施策にも注力した。

クライテリオン、ヤヌス・フィルムズ、サイドショウの3者は連帯し、「Letterboxd」など世界中のシネフィルが交流するソーシャル・ネットワークに対して働きかけるなどのアプローチをとった。また、これまで長年、濱口作品をアメリカに紹介してきた映画・芸術機関であるアメリカン・シネマテーク、リンカーン・センター、MoMAや、ニューヨークにあるインディペンデントシアターのメトログラフらとも協力。VANITY FAIRによると、作品の視聴リンクは関係者に随時送られ、オンライン試写会も積極的に展開されたという。

このようにしてアート・キューレーター、映画批評家、映画人や一般のシネフィルから口コミが広がり、大手配給の大作が目白押しな秋に公開された『ドライブ・マイ・カー』はブレイクスルーしていった。

2018年の『寝ても覚めても』公開時には、ニューヨーク映画祭で、批評家兼映画キュレーターのデニス・リム氏との対談も行った

『パラサイト』とは対照的な監督のメディア露出

コロナ禍の影響を受け、若いシネフィルに注力した『ドライブ・マイ・カー』のマーケティングは、2020年にアカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト』のアメリカ配給会社NEONが行った施策とは、監督のメディア露出において対照的とも言える。

2019年~2020年のアワードレース時、『パラサイト』のポン・ジュノ監督は『スノーピアサー』(2013年)や『Okja/オクジャ』(2017年)で既にハリウッド進出を果たしており、アカデミー賞で投票権を持つ映画芸術科学アカデミーの会員の間でもその名を知られていた。

NEONは2019年の10月から12月にかけて、ポン監督のメディア露出を図り、『GQ』や『TIME』などの大手誌に加え、ジミー・ファロン司会の人気トーク番組『ザ・トゥナイト・ショー』にも出演させ、監督のカリスマ性を打ち出した。 

一般に、アカデミー賞の受賞には、事前のロビー活動やキャンペーンが大きく影響すると言われている。大手映画会社は多額を投入し、ハリウッドの街中にビルボード広告を掲げ、アカデミー賞の投票権を持つ人々に向けたメディア露出やQ&Aイベントなどが連日行われる。『パラサイト』はそれらを一通り行い、アメリカの人々を魅了していった。 

2021年の釜山国際映画祭では、濱口竜介監督とポン・ジュノ監督の対談が行われた

一方、コロナ禍もあってか、濱口監督はポン・ジュノ監督のようにアメリカに長期間滞在して派手なメディア露出をすることはしていないようだ。現地メディアでのインタビューやイベント登壇が増えてきたのは、3月に入ってからだと思われる。

これは一見、マーケティング的にはマイナスに思えるが、映画批評家団体から作品賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』には、プラスとして働いた。

通常、批評家の評価はアカデミー賞の結果大きく影響しないと言われている。しかし、コロナ禍において私たちは劇場で見る映画を、「注意深く」選ぶようになった。それはアカデミー会員たちも同じで、彼らは以前よりも、批評家のレビューに注意を払うようになったとVANITY FAIRは推測している。

つまり、監督の知名度やメディア露出、大規模な予算をかけた宣伝など余計な情報がなかったからこそ、アカデミー会員は映画の「クオリティ」だけにフォーカスすることができ、それゆえに『ドライブ・マイ・カー』は4部門でのノミネートを果たしたというわけだ。 

『ドライブ・マイ・カー』

ストリーミングよりも劇場公開に適したシネマティックな『ドライブ・マイ・カー』の作品性を理解したヤヌス・フィルムズが、若いシネフィルをターゲットとして上映都市を選び、デジタル施策に注力して口コミを広げた。

コロナ禍を逆手にとったこのマーケティング施策はアワードレースで成功したが、それ以上に、ストリーミングとの競争で頭を悩ませる配給会社のビジネスの在り方に一石を投じたのではないだろうか。

(文=此花わか、編集=若田悠希/ハフポスト日本版) 

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宣伝費とメディア露出少ない『ドライブ・マイ・カー』が、なぜアカデミー賞の候補に? 日本初の偉業の裏事情

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