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「この先、どうなっていくんだろう?」高1で不登校になった僕はカウンセラーに会いに行った

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高校1年生で不登校になったときに出会ったカウンセラーから言われた言葉が、今でも僕の背中を押してくれている。

それは「始める前はあれこれ心配をするものだが、実際にやってみると案外たやすくできるものだ」という意味の「案ずるより産むが易し」だ。

この言葉を教えてくれたカウンセラーのK先生との出会いは、不登校になった高校から紹介されたことがキッカケだった。今でこそ信頼しているK先生だが、最初は学校が勧めてくるカウンセラーということもあって信用できなかった。

最初は優しく相談に乗ってくれたとしても、最終的に「学校に戻りなさい」と言われると思っていたからだ。それが分かっていて、わざわざこちらから会いに行ったりはしない。学校からの紹介を、僕は無視していた。

しかし当時は先生との連絡はおろか、親とも会話をしない日々。欠席が続くことで、単位も日々落としていく。このまま学校を休み続ければ自動的に退学だ。

漠然と「この先、自分はどうなっていくんだろう?」という不安が募る。「将来」という、形のないはずの不安が目の前に見えた。僕は怖くて、その不安から逃げたくなった。

そして頭に、あのカウンセラーのことがよぎった。知らない人になら、この不安を正直に話せそうな気がした。それに、一回限りの関係なら何も気を遣わなくていい。「少し、話をしてみようかな」と思うようになっていた。目の前の不安から逃げるためだった。

学校を介してカウンセリングの日程を調整してもらい、母親の運転で会いに行ったような気がする。会うまでの記憶は曖昧だ。

 

「僕は学校に行けとは言いません」

そうして迎えた最初で最後のカウンセリング。「学校に戻りなさい」と言われる覚悟もしながら、自己紹介を兼ねた一通りの質問に答える。するとK先生は、「大丈夫。僕はみやもと君に“学校に行け”とは言いません。むしろ今は行かなくていいです。話してくれてありがとう」と言ってくれたのだ。

驚くと同時にホッとしたし、自分の気持ちを否定せずに汲んでくれたことも嬉しかった。こんなことなら、もっと早く話をすればよかったと思った。この時の記憶は鮮明だ。目の前の不安が一瞬、消えたような気がした。最初で最後のつもりが、ここから2週間に1度のカウンセリングが始まった。

カウンセリングは、僕が「いま思っていること」を話し、「これからどうしたいか」をK先生と一緒に考える作業だった。

「今は学校には行かなくていい」と言われてホッとするも、学校は待ってくれない。「行くか、行かないか」「辞めるか、辞めないか」の判断は自分で決めなければいけない。

それらを具体的に考えていくと、あの「将来」という漠然としていた不安の輪郭がきっちり見えてくるようになった。不安を解消するためのカウンセリングだったはずなのに、僕の中でまた、目に見えない不安が増大していた。

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 不安は逃げれば逃げるほど大きくなる

そんなある日のカウンセリングで、あの「案ずるより産むが易し」という言葉に出会う。

「不安は、逃げれば逃げるほど大きくなります。でも実は、正面から立ち向かうと小さくなるものなんです。だから大丈夫。案ずるより産むが易しです」

当時の僕にとって「退学したあとの将来」を考えることは、避けては通れない不安だった。K先生はきっと、「不安を克服する方法」ではなく「不安に対してうまく立ち回る方法」として、あの言葉を教えてくれたんだと思う。

無理に不安とたたかう必要はないし、やみくもに立ち向かうものでもない。いつか不安と立ち向かわざるを得ない状況が来たときに、この言葉は僕の背中を押してくれると思った。

K先生と出会って10年が過ぎ、大人になった今だからこそ、この言葉に背中を押してもらっている。

 

(文:みやもとたかひろ 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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Source: ハフィントンポスト
「この先、どうなっていくんだろう?」高1で不登校になった僕はカウンセラーに会いに行った

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